SONY絵作り修行

SONY α7IIの練習中。どちらかというと質実剛健で地味な絵作りのニコンと違って、SONYは実に鮮やか、派手派手といったら語弊があるかな。まずはこの色になれようと思う。SONYのカメラは買ったものの、レンズはニッコールやらズイコーやら、ロシアから送料込み1100円で購入したライカコピーのものとかなどなど楽しい使い方をしています。この花の絵はズイコーです。40年前のレンズOM1、OM2で使ったレンズです。これもカメラ屋の隅のジャンクコーナーで1000円もしなかったもの。これはもうめっけもんでした。

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久慈市山根町下戸鎖

久慈市山根町下戸鎖
なんと懐かしい地名でしょう。台風10号のニュースで55年ぶりに聴いたような気がしました。
今は久慈までの道路が整備されましたが、わたしが住んでいた55年前には、1日1往復の国鉄バスが麓の久慈までを結んでいた、岩手でも一級僻地と云われる場所でした。そのバスもいくつか急峻な崖をへつるように進む場所が数カ所あって、都度常客はバスを降り、車掌さんの呼子でそろそろとバスが危険な箇所を渡るのを待って、また乗るという状態だった。

男たちは遠洋漁業に出て、老人と女子どもだけが住む土地、山間のため日照時間が不足して米は育たない土地。同級生のお弁当はヒエかアワだったっけ。

久慈とを結ぶ道が雪で閉ざされる晩秋から春までは、孤立してしまう土地。病院もないから、急病人が出ると、自衛隊のヘリコプターで運んだり、ヘリコプターによる食料の輸送などもあった。中華饅頭のようなもの栗や胡桃を使ったものを造って、冬の間の食べ物にしていた。家々の前で天日干しの味噌玉…あそこでしか見たことなかったなあ。
simotokusari
この土地に父は自ら手を挙げて中学の教頭として赴任した。
子どもだったわたしたちはそれなりに面白い日々を過ごしました。教員住宅は父の赴任先の中学校のすぐ隣で、休日に校舎にはいると、音楽室から聞こえてくる父の弾くピアノの音が嬉しかった。

しかし、こうした生活も、母は耐え切れなかったように思う。姉の中学進学もあったし、妹も小学生になるということで、母は別居を決意した。

その後も父は10年をこの土地で過ごした。これまた母が父の移動を求めて動いて、再びわたしたち家族は一緒に暮らすようになった。しぶしぶわたしたちもとに戻った父は、病気で斃れるまで障害児教育に情熱を注いだ。山根で過ごした日々が人生で一番充実していたというのが父の最期のことばでありました。

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GXRの絵

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6月用の絵を探していたら、こんなの見つけた。2011年7月1日に撮っているから6月の花ではない。このときのことがまるで思い出せない。毎日何百枚と撮っている絵ですが、その撮影の際のファイダーに集中する緊張感のようなものは不思議と記憶の片隅に漂っているもので、何か思い出すことがあるのですが、この絵については何も思い出せません。
もう手放したリコーのGXRというカメラで撮影している。このカメラはレンズ交換というか、レンズから撮像素子を含めて交換してしまうという不思議なコンセプトのものだった。結果としてレンズは高価であったしサードパーティから撮像素子付きのレンズは発売されなかった。当然といえば当然だった。しかしレンズに適合した撮像素子を設計できたこともあり写りは良かった。特にこのマクロレンズは高いなあとは思ったけれど素直で良い味だと今でも思う。

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8:16時間ダイエットを図らずも実践していた~

8:16時間ダイエット
痩身のために努力する気持ちなどさらさらないので、ダイエットという文字を見るとうんざりしますが、昨日の「主治医が見つかる診療所」のこの8:16を視て、思うところがありました。

10年選手の糖尿人であるわたしは6年前に病院の栄養指導に見切りをつけ、糖質制限食に切り替えて、どんどん症状が改善しました。糖質制限食は、コメメンパンのつまりは穀物を避けて、その分のエネルギー元をラード・ヘッド・チーズ・バターなどの動物性脂肪、オリーブオイル・ココナッツオイルなどの良質の植物油などの脂質から摂る食事療法です。

糖質制限食を続けると、驚くことに空腹感を感じなくなります。駱駝のコブではないですが、体脂肪がエネルギー源なのですから、ちょっとやそっとでは空腹を感じることはないということのようです。駱駝のコブならぬわたしのお腹にはありあまるエネルギーが貯蔵されています!
穀物などの糖質を摂ることで上昇する血糖値は、インスリンの追加分泌の結果下降し、低血糖になります。健常者はそれほど下がらないのですが、糖尿人は血糖上昇と追加分泌のタイムラグが生じるのです。すると食欲スイッチが入るようです。

つまり糖質摂取を減らし、脂質からのエネルギーで体が動くようになると、血糖値のアップダウンはおだやかになり、食欲スイッチは入らないので、感覚的にも空腹感は感じなくなるということでしょうか。

そのためもあって、糖質制限食をある程度の期間続けている方々には1日1食の人が少なくありません。1日に3食食べる必要がないのです。もしかしたらもともとのヒトの生活は1日1食だったのかもしれません。日本でも1日3食になったのは江戸時代からと言われていますし。

長い前置きとなりました。8:16時間ダイエット。これは食物を摂取する時間を8時間以内として、あとの16時間は腸を休めるというやり方です。腸内環境がよくなり全身が健康になるといいます。言い換えれば16時間のプチ断食を毎日するような生活なんだそうです。16時間のプチ断食の間にはバターコーヒーがいいよというお勧めもありました。

そこで思い出したこと。わたしも糖質制限食に切り替えてから、いつのころからか、朝はコーヒーをすするぐらいで、夕方になって仕事が一段落したところで食事を摂るのが習慣となっていました。その時間がだいたい16時。そしてスポーツクラブで汗を流したりして、就寝前にお茶やワインや発泡酒とともにナッツやチーズを食べる生活です。つまり16時~24時の約8時間にわたしの食料摂取は入っていて、あとの16時間はバターやココナッツオイルいりのコーヒーを飲む程度なのです。ダイエットのつもりはなかったものの、この8:16を図らずも実践していたということでありました。

痩身効果は全く!!認められませんが、血糖値は安定し、HbA1cは6年間ずっと適正値からはみ出ることはなく、体中の臓器はほぼ健康状態となり、昨年ついに卒薬となった背景にはそれもあったかな…..と思いました。

昨日の番組では、この8:16時間ダイエットとローカーボダイエットを対比していたのですが、対比しなくても、ローカーボを8:16でやればなおいいんじゃない? と思った次第です。

無駄に長い文章で申し訳ありません。

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PPM

月曜9時からのドラマでは懐かしい旋律が流れる。500miles―昭和20年代生まれのわたしの世代だったら、PPMピーター・ポール・アンド・マリーやあるいはジョーン・バエズあたりのイメージなんだろうと思う。ドラマで藤原さくらが歌う500milesもとてもよい。
https://youtu.be/Uh2pU3FCQLE

この日本語訳は忌野清志郎の訳だろう。
この日本語訳を聞いていると500mmilesが単に離れた距離としか認識できない。「ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ」も思い出の数になっていて、これと500マイルとどう繋がるんだろって思ってしまう。
ということでPPMをもう一度聞いて見た。Amazon Prime Musicで「500miles」で検索するといろいろとリストアップされる。PPMのアルバムがいくつも入っている。
アメリカで歌われていた歌をHEDY WESTが採譜して歌詞も確定させたとのことで、YouTuberでは彼女の声を聞くこともできる。PPMのとは全く違って聞こえる。PPMからの切なさのようなものとはちょっと違うのであって、カントリーウエスタンなんだなあって思った。
https://youtu.be/rwnNdqpCF8Q

これがPPMだとこうなるのです。
https://youtu.be/dTkdUFFW6nc

これなら まい×なお のもありかな
https://youtu.be/-zzJT_iQ6BM

曲は同じでも、全然別の歌詞をつけたサンタラがいい。
https://youtu.be/7Xfq7t1pXNc
田村キョウコ
のねっとりした歌い方と「て」の音がいいなあ。

ちなみに1996年に最初に建造していらい我がPCは、PUFF クンです。

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