ヤスクニのこと

国会議員の靖国神社参拝のことで、またぞろ大陸や半島の国々が、批判しています。
靖国神社は神道[sintoh]という日本特有ではありますが、ひとつの宗教であり、その信徒が個人の信仰に基づいての宗教行為として捉えるならば、かの国々の批判は、信教の自由を保証するこの国への内政干渉であり、余計なお世話ということになる。しかし、それですっきりしないのは、靖国神社は国家神道のもと、すなわち日本国民はすべて神道の信徒であると前提のもとに創建された国家宗教施設であるということがあるからです。
少し思いを巡らせて、2004年8月に靖国神社を訪ねた際に書いたことを、ここに再掲載しようと思いました。

■靖国

DSC_2514靖国神社を訪ねました。
ヤスクニの問題性はどこにあるのかということを感覚的にも知ることが目的でした。もとより基督者であるわたくしは、「参拝」の意志はないわけです。それなので、大鳥居も2番目の鳥居も、外側をまわりました。本殿というのでしょうか、お賽銭箱があって、柏手を打っている場所には鳥居の外側をまわることはできず、その中に入ることはやめました。
神社としての参拝は目的ではなかったので、遊就館へ向かいました。戦争博物館です。本物の零戦や桜花、回天といった特攻兵器が展示されています。映画も上映しています。
映画の内容は日本の戦争をすべて正当化する立場です。どちらかというと感情に訴えかけるという面が強く、この施設の支持者達のかたよりがそのまま現れているのだろうと思いました。

■零戦

映画パールハーバーでは、日本軍の戦闘機が民間人を乱射する画面が続きます。物量豊富な米軍ならいざしらず、日本軍機でそんなことができたのだろうかと思いました。それで、Webを検索したら零戦の掲示板が見つかりました、早速質問したら、お応えをいただきました。
零戦は機首のプロペラの内側にある7.7mm機銃に500発、1秒間に12発発射されますから40秒ほど、両翼にある20mm機関砲は100発。こちらは秒間8発なので、12秒ほどで、全弾打ち尽くすのです。
想像を絶しました。映画やアニメとは全然違います。わずかにこれだけの装備で敵陣に飛び立つというのは、いったいどのような心境でしょう。まるで、ほとんど、死ににいくようなものではありませんか。
わたくしの予科練出の叔父は一式陸攻で出撃して戻りませんでした。昭和20年もうすぐ終戦を迎える21歳の夏でした。

■靖国

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回天

回天という特攻兵器が展示されています。魚雷に座り込むようにして人間が座る場所を取り付けたものです。人間が舵を切りながら敵艦を狙えば百発百注といいう発想です。潜水艇のように自由に浮き沈みできるわけではなく、操舵できる範囲も限られています。
伊号と呼ばれた大型潜水艦に搭載され、目標が来たところで、母艦から乗り込み、発信すれば、たとえ敵艦に命中しなくても、戻ってはくることができないという必死の兵器です。

海上兵器の魚雷に人間をのせた回天に対して、空からの攻撃用には桜花という特攻兵器がありました。大型の爆弾に翼をつけ、人間の乗る座席を設けたものです。一式陸攻という爆撃機に吊り下げられ、目標に向かってグライダーのように落ちていくという仕組みです。一応ロケットエンジンはありますが、燃焼時間は数十秒にすぎないのです。ただただ敵艦に向かって落ちていくだけの兵器です。

ここで語りたいのは、これに乗った人々のことです。その兵器そのものの効果についてとか、そうしたいろいろなことをとりあえず置くとしても、そこに志願した若者達の思いは純粋であっただろうということです。
命を懸けて彼らが守ろうとしたものを知る必要があると思うのです。

■靖国

59年前の終戦の日を思って、靖国をたずねたのですが、基督者として抵抗がなかったわけではありません。でも、間違いではなかったと思います。この国には戦争の経験があり、そこでは非常に多くの人々の命が失われた。靖国神社では、これを散華(さんげ)表現している。国のために命を尽くしたひとびとの生き様を賞賛した表現なのだと思う。
情けなるような特攻兵器の展示を見て、本気でこんなことやったんですかと問いかけたくなりました。たくさんの志願者がいて、そのなかから特攻隊員が選ばれたのだという。作戦自体がおかしいのだが、それでもそこに志願した若者達の思いは、すでにわたくしの判断力のキャパシティを越えてしまっているのです。

数年前に訪れた韓国の戦争博物館は、歴史を冷静に捕らえていたとの印象があります。宗教や様々な違いを乗り越えて、戦没者を弔う場所としての位置づけがなされていたと思います。

我が国ではどうでしょう。このままでいいのか。そう思いました。

■靖国

ヤスクニが頭から離れない。
テレビでは終戦記念日に参拝した石原慎太郎氏のことばを語っている。と思ったら、芥川賞受賞作品を読もうと思って買った文藝春秋の9月特別号に、来年公開の映画に言及して「特攻と日本人-ある見事な青春群像-」と題して掲載されている。氏によれば、志願したとはいえ、そうせざるを得なかった状況があったということとその上で、若者達はなんとか命を懸けて守ろうとする裏付けを求めたことが語られている。
若者達を特攻に駆り立てたことの責任を負って自決した上官や、所謂玉音放送後に特攻機で飛び立ち、戦勝に沸く目標を確認した上で、そこにいた人々の上にではなくあえて目標をそらせて地面に墜落死した指揮官がいたことなど….誠を通した人々がいたこと。それとは対照的に敗戦と同時にことばをひるがえした人々への不信感を述べています。
氏の語ることばにその都度もっともだもっともだと思いました。
でも最後のところがわからない。どうしてヤスクニでなければならないのか。私人としてだとしてもどうして、戦没者慰霊祭では不十分で、天皇に靖国神社に参拝を願うのか。

文藝春秋9月特別号では、平成皇室会議「皇統断絶の危機に」と題して座談会を掲載している。
ヤスクニの問題はどうしても皇室の問題とつながってくる。

■言い訳

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特攻兵器 桜花

特攻について本をいくつか読みました。そして疲れました。どうしてあんなことがおこなわれたんだろうと考え進めると、「言い訳」ということばに行き当たりました。言い訳や誤魔化し、保身、表面的な名誉。そんなレベルのことが浮かんできて、「お国のために…..」ということばがなんとも虚しく思えます。
いいえ、ぎりぎりの決意の中で散っていった若者達のことではありません。はじめからその有効性に疑問を持ちながら、あのような作戦を策定し、強制力を持って、彼らに特攻を命じた者達のことです。戦が終わり、これまで語っていたことを翻し、責任をとらなかった者達のことです。
このことは当分頭から離れないでしょう。今自分が置かれている場所で、どのように生きるか、日々にこそ答えがあるように思っています。
最近まとめていくつかの物語を楽しみました。その中で、「夏の庭」という作品が気に入りました。ここにも戦争で生き方が変わった人が登場します。生きること、死んでいくこと、人に関わろうとすること、人との交わりで人は生きること、そんなことを思いました。

■絵馬

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