このご近所さんは、どうしてわたしを嫌うのだろうか?

竹島問題や陛下への謝罪要求などから、日韓の友好について考えました。
手っ取り早くWebで調べた範囲で、とても悲しい状況にあることを改めて知りました。
反日の態度を取ることが利益があり、親日派とみなされると不利益があるようなのです。
個人間ではそれはそれで仕方がないとも思うのですが、これに国が動かされてしまっている。政治家もまた反日を旗頭にすることに利益があるようなのです。

今回の韓国大統領の発言は、どうなんでしょうか。人気商売の政治家にとって短期的・直接的な利益はあるようなのですが、将来を思えば日本との友好関係を築くことにこそ大きな利益があるはずです。利益というとご幣がありますが、反日でメリットがあるのは今のところ韓国国内だけのことではないでしょうか。特に天皇陛下への謝罪要求を口にしてしまったのは、大きな失敗だったと思います。わたしは基督者であり、天皇制を支持するものではありませんが、ご高齢で健康の不安をももちながら、被災地の人々を励まして歩かれた天皇・皇后両陛下に多くの日本国民は感銘をうけているのです。
実業家として実績のある大統領らしくない、後先を考えない軽率なことば、あるいは街宣車の投げつける嫌がらせのことばのようです。韓国を代表する方が韓国を貶めてしまっています。

わたし個人について述べれば、それほど詳しいわけではありませんが大英博物館の韓国展示室などで見た陶器や絵画にその文化を感じてきました。ソウルの歴史的建築物にその文化の高さを思います。
なにより、なんだか懐かしさを感じるソウルの町並みや、わたしにとっては、これまでの2度だけの訪韓にすぎませんが、言葉もわからないこのような者に、お訪ねした教会の信徒の皆さんも、街で道を教えてくれた人たちも、地下鉄で席を譲って下さった礼儀正しい青年も、その誰もがとても親切に思いました。ブログなどでは、日本人であるということで差別的な対応を受けたり、酷い経験をしたことのみが大きく報じられています。実際にわたしが受けた印象とは大きく違うのです。

しかし状況は悪くなっているようです。つまり日本人に親切にすることで、韓国人が韓国内で辛い思いをするような状況が起きているようなのです。

日本国内での生活でも、中には挨拶しても無視して通り過ぎるようなご近所さんがいるかもしれません。なぜそんな態度を取られるのかなとちょっと悩ましくはありますが、そのご近所さんに対しては、やっぱり挨拶を欠かさないこと、機会があれば心からの思いをもって必要な手助けをすること。それがわたしたち日本人のやり方と思います。間違っても相手が無視したからといって、こっちも無視してやろうとかというやり方はわたしたちのやり方ではないでしょう。韓国の人々に対しても、わたしたちひとりひとりとして、辛抱強く対応するしかないのではないでしょうか。

とはいえ、政府にはもうちょっとしっかりやっていただきたい思いはあります。現場の自衛隊や海上保安庁の方々のことではありません。シビリアンコントロールしている内閣総理大臣がただ手をこまねいていて、結局なにもしていない….なんてことだと困るなあということです。
竹島や尖閣諸島の国境警備はどうなっていたのでしょう。
既成事実を積み上げている外国人をそのままにしていることは、既成事実を追認したことになってしまわないのでしょうか。

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