地震があって津波がきた


このタイトルと画像とどんな関わりがあるか?
この画像はなにかというと、東武野田線の線路なのであります。大部分を占める植物にフォーカスをやっているので、なんの絵なのか分からないくなっていますが、要は電車が動いていない、遮断機も上がったままの、へんな静けさの週末を切りったのです。

わたしの育った水沢の子どもたちがいく海水浴場といったら、陸前高田だった。そう今回徹底的に津波に破壊され、壊滅してしまった三陸海岸の浜辺の町だ。幸せのワルツの千昌夫の育った町でもある。
三陸海岸の浜辺といえば、やけに巨大な防波堤があるという印象で、なんでこんなに大きなものをと子ども心に思ったものだが、その防波堤を今度の津波はかるがると超えて、町を破壊し川をさかのぼり1日で町を消し去った。

ぐらりときて、すぐに家族や親しい人々にメールを送り、電話をかけようとした。電話も携帯電話もメールも通じない。なんとももろいものだ、いざとなったらどれも役に立ちはしない…..。

Follow me!

コメントを残す